広報委員のJEXA結(ジェクサ ゆい)だよ!
今回は、日本を代表するMICE拠点「パシフィコ横浜」を率いる、林琢己社長にインタビューしました。
展示会にキュンです♡ Vol.7 林 琢己さん 株式会社 横浜国際平和会議場(パシフィコ横浜)代表取締役社長
改革を楽しみ、人を信じる。横浜を動かすMICEリーダー
パシフィコ横浜は、2024年まで22年連続で国内MICE施設(会場)における国際会議開催件数日本一※という、圧倒的な実績を誇る複合MICE施設です。展示面積についても、従来の2万㎡に加え、2020年に新施設「ノース」が開業したことで、展示会場としても利用できる多目的ホール6,300㎡が加わりました。まさにグローバルMICE都市・横浜の象徴として、世界中から人々を迎え、街に大きな経済効果をもたらし続けています。
そんなパシフィコ横浜を率いる林琢己社長は、それまで横浜市役所ひと筋で、金沢区長、経済局長、副市長など要職を歴任し、2022年にパシフィコ横浜社長に就任しました。横浜を知り尽くした林社長の言葉には、地元への深い愛情と未来へのビジョンがあふれていました。区長時代には、地域の保育園を訪ねる中で子どもたちを喜ばせようと奮闘し、いつの間にかバルーンアートが趣味になってしまったそう!そんな温かな人柄もうかがえます。

バルーンアートを披露していただきました♡
“待ち”から“攻め”へ。組織の空気を変えた「みらいの種」
「良くも悪くも、真面目すぎる会社」
就任当初、林社長は社内の空気をこう表現しました。主催者の要望を最優先するという”貸し館業”の特性から、受け身になりがちな社風だったそうです。「挑戦が生まれる空気にしたい」そう考えた林社長は、社員が新規企画のアイデアを経営陣に直接提案できる「みらいの種発見!コンペティション」をすぐに始動させます。
当初は社内に戸惑いもあり、コンペ開催時期を延期するほどの苦労もありましたが、最終的には25件もの提案が寄せられました。このコンペをきっかけに、新しい取組にチャレンジする雰囲気が広がり、「パシフィコ横浜保護犬サポートプロジェクト Wan Bonheur」や「ザ・昭和歌謡パラダイス」など、社員自らが発案したイベントが実現する例も増えています。
「やりたいことがある人は、ちゃんといるんです」林社長の言葉どおり、自ら価値を創り出す楽しさを知った社員たちは、“指示を待つ側”から“仕掛ける側”へ、マインドが変わりつつあります。インタビューに同席されていた営業戦略課長の武澤さんからは、「これまでよりも何が自分にできるのか考えるようになったし、部下からも言ってくれるようになった」と、現場の変化も聞かせてくれました。
“横浜でしかできない”唯一無二の価値を創る
世界中で激化する、国際会議をはじめとしたMICE誘致合戦について、林社長の見識は非常にシビアです。「施設の新しさや豪華さ、あるいは資金力では、海外や他都市には勝てない。だからこそ、横浜でしかできない体験価値を創り出すしかない」と強調します。
実際、ある国際会議の誘致では、「Zeppでいつでも踊れる」という意外なポイントが評価され、横浜誘致の決め手になったそうです。林社長自身も「そこか!」と驚きつつ、多様なニーズを改めて実感したと言います。また、パシフィコ横浜は2025年11月末に開業以来の累計来場者数1億人を達成し、その記念イベントとして、「PACIFICO Yokohama Open Day」を開催しました。イベントでは地域の方々を中心に、これまで施設に来たことがない方にも、パシフィコ横浜で行われているMICEを知ってもらおうと、様々なプログラムが実施されました。国立大ホール・会議センターの自由見学のほか、会場にモバイル茶室を設置し、お茶を楽しめたり、日本文化体験として宮大工体験ができたりと、国際会議で実際に行われているおもてなしプログラムを体験してもらったそうです。今後、「地域全体を巻き込んだおもてなし」に力を入れていくためも、地域の方々に知ってもらい、協力してもらえる関係づくりが大切と語ってくれました。
「国際会議は、開催して終わりではない。街の魅力を総動員して、来場者の満足度を最大化させる。それは展示会などイベント全体にも言えると思います」――その視点は、行政経験豊かな林社長ならではの強みです。
横浜を照らす“みなとみらいの太陽”として
インタビュー冒頭、林社長は「パシフィコ横浜は、みなとみらいの太陽です」とおっしゃいました。1991年、周囲に何もない埠頭の一角に誕生したパシフィコ横浜は、街ににぎわいと光をもたらす起点となりました。林社長自身も、横浜市役所の係長時代にみなとみらい線の資金調達に奔走した経験があります。
「開港以来、横浜には常に港から新しい光が差し込んできた。何もなかった場所にパシフィコ横浜が建ち、街づくりを先導してきたんです。」
経済局長としてイノベーション都市・横浜を掲げたときも、初めて経済分野を担当した林社長は、従来の常識にとらわれず、スタートアップ支援など大胆な策を次々と打ち出します。市役所内外の反対にあっても一歩も引かず、「新しいことをやれと任されたのに、予算が出ないなら、経済局長をクビにするしかないですね」とまで言い切り、必要な予算を勝ち取りました。
自由な発想を貫く姿勢と、常に「横浜の未来のために」という強い想いが、林社長を突き動かしているのだと感じました。
※出典:https://www.pacifico.co.jp/news/GhqxdozF

パシフィコ横浜とみなとみらいの街の発展を語る林さん
画面越しなのに、「パシフィコ横浜は、横浜のまちを支える大事な存在なんだよ」「人や経済を動かす“まちのインフラ”なんだよ」そんな想いが、まっすぐ伝わってきて、結はちょっと胸がじんわり。
今回の取材で、パシフィコ横浜が歩んできた歴史や、まちと一緒に成長してきたストーリーを知って、
展示会やMICE施設の見え方が、結の中でもがらっと変わりました。
展示会って、会場の中だけのものじゃなくて、ちゃんと街や人の未来につながってるんだね。きっと横浜市民のみなさんはもちろん、神奈川のみなさんにも、あの放送を通して同じ気持ちが届いたんじゃないかな。
これからも“みなとみらいの太陽”みたいに、街と人を明るく、あたたかく照らし続けてほしいな——
そんなことを思いながら、展示会へのキュンがまたひとつ増えた、結なのでした♡
▶ 番組動画(News Linkオンライン):https://www.youtube.com/watch?v=FwBAQnYlIH0